たえてさくらのなかりせば

あなたに会わなければ私の心は平穏で退屈だったろうに。チクショーありがとう! という気持ちを書くところです。

9/25 『マティアス&マキシム』モヤモヤ感想

「マティアス&マキシム」2019年カナダ

f:id:maruyukifan:20200927174951j:plain

『たった一度の戯れのキス。そして溢れ出す、君への想い』

舞台はカナダ・ケベック
2週間後のオーストラリアへの出立を控えるマキシム(マックス)と、カタい仕事と婚約者がいるマティアス(マット)。幼なじみふたりは悪友の家で賑やか*1なパーティーに参加するが、そこに居合わせた友人の妹から自主制作映画の代役を頼まれる。
罰ゲームで引き受けたふたりだったが、キスシーンを撮った次の日から、急に様子がおかしくて・・・。

というあらすじ。
30歳幼なじみ、キスから始まるロマンス。なるほど!
情報を見つけたときから気になっていて、いそいそと観に行ったのですが。


うーーーーん、?親愛と劣情と友情の狭間のロマンスを期待していたのですが、それ以前に、ストーリー展開がよく分からなかった……。


チラシにあったとおり「全編に響き渡るピアノの旋律、柔らかな色彩と光で織りなすまばゆい映像が、登場人物たちの言葉にできない気持ちを物語っている。突如芽生えた感情、溢れ出す愛おしさ、触れたい衝動、追いかける眼差し、誰かを好きになることの切なさと歓び」がある、といえばそうなんですけど……え、あまりにもお互いの感情を言葉にしてなさすぎる。言語化が下手な男か?ロマンスはどこから来てどこへ行くのか……?


冒頭のキスをきっかけとして、親友であり幼なじみであったお互いに向ける感情が急に揺れはじめたのは伝わってきたけど、その後ぶつけ合ったり外に相談したりするシーンが無くて、そもそものふたりの関係も、考えていることも、どう進めたいのかも分からない。感情を具体化するセリフが出てこなかった。

感情すべてをセリフにして説明しろ、という気持ちではなくて……観客が想像するに任せるという投げかけの作り方だとしても良いと思うんですよ。でも、ふたりの揺れ動く感情を、行動の理由を、観客が想像するにはあまりにも材料が無い。
なのでノリきれなかったです。映像も綺麗で、挟まれる音楽も透き通ってすてきだったんですけどね。

評をいくつか読むと、ストーリー展開の中での感情の起伏について結構具体的に描写していて、えーラブを勝手に読み取りすぎでは?と思う。*2
あと公式サイトにある芸能人からのレビュー、みんな言葉がふわっとしてますよね……ねぇやっぱりそうだよね…?



予告は上手に編集してて「そうそうこういうのが観たい」と大変気持ちが盛り上がるのですが……なんか…本編を観た印象と違うよな…


これが感想のすべてではあるので、ここから下の文章はぐだぐだ「ここにこんなのが欲しかったなぁ~~~」ってゴロゴロしてる文章です。ネタバレ込みですので暇な人だけお付き合いください。
話題になって(しまった)広報についてはラストにちょこっとだけ記録してます。*3

アッあと待って、マティアスの仕事相手として途中から登場してきた破天荒弁護士マカフィーさんことハリス・ディキンソンが作画良すぎてビビった。

f:id:maruyukifan:20200927180025j:plain
えっほんとに三次元か?欧米に良くあるホームコメディー風のイラスト広告にいる感じの作画ですよね???脚だけで2mくらいある。
英国ネクストブレイク俳優で、今度のキングスマンにも出るらしいですね。
f:id:maruyukifan:20200927180033j:plain
まごうことなき英国顔〜〜〜〜〜〜〜


  • 「きっかけのキス」の理由

何があったら良かったんだろう、って一日モヤモヤ考えていたけれど、「なんでキス一回くらいで「秘めていた互いへの気持ち」が呼び起こされたのか?」っていう「きっかけのきっかけ」が描かれて欲しかったのかな。

とっかかりになりそうな設定は描かれてる。
映画の代役をする二人を面白半分に覗きながら、「ふたりは高校生のころ一度だけキスしたことある」って悪友たちが思い出話をするんですよ。
「有名な話だよ」
「え、でもさっきマットはやってないって」
「お前本気?どこまでバカなのさ」

本人たちを抜きにして悪友たちは無責任な噂話をする、え、それってつまりどういうこと?ってちょっとソワつくこちらを無視して、以降その話題は出てこない。
え、少ないセリフから整理するに、高校生の頃キスしたことがあるって周りに知られている、かたやマットは記憶に無いと言い、かたやマックスは否定も肯定もしない。
エーーーーそれ使ってよ!!
それだけで、かなり現在の関係に影響してくる設定じゃないですか???その過去を掘り下げるちょっとした回想入れてほしかった。
それだけで「あー若い頃はお互いべったりだったのね」とか「思慮深いマティアスのほうがマキシムに執着していたけど、今は婚約者がいるんですね」とか「ママと上手くいっていないマキシムがマティアスに寄りかかっていたんですね」とか、とかさ!!!現在のふたりの立ち位置を観客が勝手に想像しますよ!
情緒が不安定な高校時代と若干落ち着いた現在30歳との対比というのが、簡単にできる設定の説明だったんじゃないかなーとか思う。水が高いところから低いところへ流れるように、感情だって強い側から弱い側へ流れ込む、その流れの強さ太さを観たいんですよこちらは!

ロマンス漫画では感情の揺れ動きの描写がメインディッシュで、そのための感情の原因となるエピソードが導線として用意されていることに慣れすぎていたのかな…。

故郷からの旅立ちを目前にして、若いときの淡い思いが蘇る…なんて、ベタだけどいいよね。うっすら導線が見えるからこそ、ハッキリ導いて欲しかったな。

  • 「想いを確かめたキス」の先が…?

「きっかけのキス」をした別荘パーティーから帰ってきてからは、マティアスとマキシムのそれぞれの生活と、不自然なほどすれ違うふたりが描かれる。
特にマティアスは葛藤している。昇進が噂されているような普段の仕事ぶりも、映画を撮った以降上の空だし、婚約者とハグをする表情も微妙。マキシムのお別れパーティーだってあまりにも心ここにあらずで叱られてしまう。

彼が、キスによって呼び起こされた感情と衝動によってマキシムの姿を自然目で追い、でも年齢と立場のせいで自分の心に素直に従うことはできずに、持て余して不用意に衝突してしまうのは分かる。

若かった高校時代だったなら、「あのときのキス」でこの感情に気づいていたら、マキシムが旅立つ直前でなかったら。
彼の中に意味の無いIFがぐるぐると渦巻いて、押しとどめようとするも止まらない。彼は突如訪れた雷と大雨の音に紛れて、パーティー会場の隅で再びキスをする。その情熱的な様は、想いよ重なって融け合えと必死に祈っているようにも見える

こんな風に、シーンの移り変わりから彼の心情の"想像"はできる。
だけど、あまりにもセリフが「なにも語らなすぎる」んだよな。ふたりの間のセリフがあまりにも少ない。
周りの友人たちも、なんだかふたりの雰囲気がぎこちないことには気づいているんだけど、「何が原因なんだ?」と取りなすこともない。あくまで遊び友達。
こういうときは、お互い行きずりの相手とか、バイト仲間とか、相手を知らない人間に相談して心情を吐露して欲しい。そうしないとこっちだって、視線だけで想像するのはなかなか脳みそにも限界がある。

さっき述べたシーンの、想いを確かめるキスの最中、マティアスがマキシムの脚の内側に手を滑らせ、応えるようにマキシムもマティアスのズボンのベルトを外す。
おや、思いを通じ合わせるのか!
と、ここで急に身体が離れた。あれだけリードしていたマティアスが、突然部屋の隅へ行ってしまう。

「僕たちは、語り合わなくちゃいけない」マキシムはそう呼びかける。出発の日を延ばすから、週末ふたりで過ごしたい。とまで交渉してきた。
そりゃそうだよ!お互いをなんとなく意識してぎこちなくて、急にまたキスだけして、このままオーストラリアへ行くなんてできない。デートシーンの到来でしょ!
と思ったけど、なんとマットは無言で部屋を去る。嘘でしょ。*4
せめて!そこは!断るなり受けるなり、応答の台詞があるでしょうよ!!!

もしかしてこれがIntroduction最後の「迫る別れの日を目前に、二人は抑えることのできない本当の想いを確かめようとするのだが――」の――部分ですか?!そんな、そんな拍子抜けありますか?!!!?

そりゃ、心情を想像/妄想はできますよ。
マティアスには婚約者もいる、昇進だってかかっている。セクシャリティの変化に戸惑い迷うのは当然、と想像できる。
マキシムの側から見ても、マティアスの手を引くことは彼だけでなく彼と周りの人間関係も一緒に崩してしまうかもしれない、と恐れる気持ちもわかる。
分かるけどさあ……何も言ってくれてないよ。

***

映画の代役でキスすることになって、そこから自分の感情に気づいた二人・・・旅立つ直前に、思いを告げるかどうか迷い、気まずくなって、衝突するも、雷雨の音にかき消される瞬間だけ堪えきれない思いをもう一度キスに託す二人・・・
結局、最後まで観てもこれだけしかわからんのだ。これ以降の展開もちゃんとあるんだけど、もっと心情が想像できないので、ネタバレ防止もこめて書かない。*5

彼らが抱えたのが「愛」に違いないことは、誰だって分かる。
けれどどんな「愛」を彼らは呼び起こし、「愛」が生じたことによる衝動と欲求をどのように持て余し、それらと立場や状況とを天秤にかけてどう処理しようとしたのか、これからどう向き合うのか、何一つ分からん。

長年続いていた関係を変化させたり、あえて保とうと堪えたり、「愛」をエネルギーとしていくらでも描写はできると思うのだけど……。監督の自伝的作品というから、ドラマティックな表現をあえて避けた結果なんだろうか。

恋愛において自分の恋心を解説することばなんて野暮で、視線が交わされて唇が触れあえばソレでもうアイラブユーになるんだよ、と思う方は多分私の主張と合わないので気にされなくて良いと思う。


他にも、シーンの大部分を占める悪友づきあい、この友情よ永遠に続け!みたいなのがピンと来なかったから加点が厳しいのかな。30歳でもずっと、親戚か幼なじみか5人くらいを中心に、たくさんの友人たちとずっとパーティーしてるんだよ?若いなあ……。
フランスの若者たちに詳しくないから、スラングや風俗にクスッとできなかったのかな。

作品全体としての印象は、強い減点があるわけではないんだけど、好き!と思って加点できるところがない、と言うのが正しいかな。


  • 日本版広報について

加点がないのにあえて書き残すかと言えば、この作品の日本版広報が、特異なことをしてしまったからです。

コラボ先作品については、原作も映画も観たことない。ので、テーマが近いのかどうか、というコラボの内容を考えることはできないけど、そもそもどんな作品であっても「別の作品と共通するところがあるからシーンをそっちのキャラクターに置き換えて描いてみました!」って、知名度を上げるためのコラボとして得策と言えるだろうか?

そして特に今回多く問題視されている点として、男性ふたりの恋愛を描く作品と、男女恋愛の作品との間で置き換えを行うことを無邪気にやったのだとしたら、あまりにも作品外の文脈を無視しすぎていないだろうか。
もっと言うなら、それに対する謝罪として「気づかなかったから」の線引きまでで済ませるのは、観に来ている客のひとつふたつ後ろにいるんじゃないか?


ファントムフィルムが配給する作品で思い起こすのは、コミュニティと恋情の選択を描いた『ロニートエスティ』、未見だけど邦画においても『窮鼠はチーズの夢を見る』を出している。
f:id:maruyukifan:20200927180829j:plain
f:id:maruyukifan:20200927180836j:plain

「窮鼠~」は原作共に未見だけど、映画館で観た予告編はBLをことさら強調するような作りでなくてノンストレスだった。予告編作成が配給会社とどのくらい関係あるのか知識不足なのだけど、少なくともこういったプロモーションも無かったと記憶している*6
男女恋愛以外の作品を配給する割合も多い会社だからこそ、どうしてかなあと思ってしまうのだ。

私にとってピンとくるポイントがなかっただけで、『マティアス&マキシム』はとても真摯に撮られている。
二人のキャラクター、やりとり、眼差し、触れあわせる手。
恋愛と友情の間で揺れる二人を描くと同時に、アル中の母親を殴りそうになっては部屋に逃げ込んで自らを傷つけるマキシム、仕事の立場や婚約者を大事にする中で、若く好き勝手に暮らす悪友たちと別れるべきか悩むマティアス、それぞれの生活にある葛藤も時間をかけて盛り込まれる。
「若者からの脱却とその未練」、監督の自伝的な作品として感傷的に盛り込まれているのかもしれない。

この作品はありのまま映画館に置いて、気になった人に観に来て貰えればいいと思う。だから、観に来るべき相手に届くやりかたがもっとあるはずだ。あるはずだった。


あの広報(ないしはそれを取り上げた言説)によってはじめて作品を知った人がその印象に引っ張られてしまうのは勿体ないな。と思ったので感想を書きました。


同監督の『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』観ようか迷ってたんだよな。というメモ書き。

*1:到着一番にマリファナで歓迎されるような

*2:君の名前で僕を呼んで』に衝撃を受けて作られた作品、という宣伝文句につられたのもあったと思う。あちらはかなり具体的なロマンスがありドラマティックにストーリーが進んで終わるからね。

*3:これ以外にも菅田将暉×最果タヒの朗読動画とか色々プロモーションやってるのね……およよ…

*4:○○ャ○○なの?

*5:雷雨の中のキスは宣伝の中でも公開されていますしね

*6:ちょうど今日(9/27)「窮鼠〜」側の公式配信イベントとして2つの作品を語る会があるようですね。やはりファンの共通性は意識されてるわけじゃん→ https://fansvoice.jp/2020/09/21/kyuso-mm-fvl-0927/